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三谷祭り

 写真は平成8年「三谷まつり300年祭」を機に復活した海中渡御の模様です。
 毎年山車4台の海中渡御が実施されています。
 祭礼期日は潮位の関係から10月第三日曜日か第4日曜日を原則として、変動的になりました。

4台の山車
 ○上区剣山車
   (山車柱飾り…剣と御幣)
 ○西区恵比寿山車
   (山車屋根の上の恵比寿像のからくり)
 ○北区三蓋山車
   (山車柱の上から垂れ付け3色の傘)
 ○中区花山車
   (山車柱飾り…花)


「故郷を離れてぞ 知るはなつかしの幼き頃の、まつり囃子に兄弟のあじ・・・」

 これは、「三谷まつり」…昭和47年9月発行(若獅子会)の冒頭の一説です。
三谷を遠く離れて学生時代を過ごしたり、また仕事の都合で三谷を離れて暮らす者もこの秋の大祭典「三谷まつり」には帰ってきて、なつかしい友人との再開を果します。

三谷祭の由来

 三谷の神事は、いつの頃から始められたのか? 今その由来を尋ねてみよう。
今は昔、人皇第113代東山天皇の頃、三谷村の庄屋に佐左衛門という人がいました。
元禄九年(1696年)八月の或る夜、三谷村の庄屋 佐左衛門は不思議な夢を見ました。
その夢とは「この郷の産子神である八剣大明神が村の東辺の若宮八幡(若宮神社)へ渡御なされた。」というものでありました。
 まさしく神のお告げであると、早速質素な神輿を設え八剣宮のご神霊を神輿に移して、九月九日の重陽の節句を吉日として、神幸の儀式を行いました。
 これが「三谷祭」の始まりと言われています。

 現存する資料によれば、全村挙げて組織化された祭礼の最も古いものは、正徳二年(1712年)に記録があり、その頃からそれまでの社家中心の祭事から、村全体の行事へと転換されていったものと思われます。
 その後、村の発展とともに祭は盛大になり京都祇園の影響を受けたとされる絢爛豪華で雄大な山車を、各区が競って建造し、これを海中に曳き入れて渡り、賑やかな余興を奉納するようになりました。

 それに伴って、祭の運営の秩序が確立され、厳格な規律のもとに祭礼が執り行われるようになりました。
 文化文政期(1800年頃)には、今日の規模に劣らぬ祭礼が行われていたことが、記録や諸道具によって判っています。
 これは、三谷地区の発展のエネルギーの結晶であり、村民の意気と団結を内外に誇示したものと思われます。

 その後も連綿と「天下の奇祭」として受け継がれてきましたが、時代の変遷に伴い、伊勢湾台風、十三号台風の影響により若宮神社前の海岸を埋め立てる事となり、伝統の山車の海中渡御は昭和35年を最後にその姿を消していました。

 その後、山車の海中曳きいれを復活する声が高くなり、若宮神社東の海岸において、平成7年には1台(北区三蓋傘山車)の海中試し曳き、翌8年には4台を曳き入れ復活の途につきました。
 昭和32年3月、蒲郡市は先に有形文化財として4台の山車を指定し、昭和36年に神船を加え、さらに昭和44年に神輿を指定しました。

 寒さに耐え海中に飛び込む、三谷っ子・三河っ子の意気を示した海中渡御は、形式を変えても、我ら三谷町民は祖先崇拝と郷土愛を心の糧として、古人の残した文化遺産「三谷祭」を誇りを持って受け継いでゆくことでしょう。


幟起こし


八剣神社


幟起こし直前


幟起こし(中区)



仮面分団長から見た行列
※消防団分団長の行列の位置というのは公職者なので、『庄屋』扱い。行列参加時には甲種制服着用
挙手注目の敬礼
 写真は仮面分団長(甲種制服着)が行列に参加しているところを敬礼して向かえてくれました。
 一番左がJUNPO団員ですがあとは団員はいません!  みんな笑ってます…ということは制服姿の仮面分団長は見事にからかわれています(泣)  これから、こういう場合は一番右翼のJUNPO団員だけ敬礼してあとの人は目迎目送をしましょうね。

<仮面の感想>
 まつりの最中ひとりだけで、あの制服姿はキツイです。県議、市議の偉いさんからは、これも修行といわれました(謎) さみしいぃ〜〜

東区
北区


松 区

ナイヤガラ花火と煙火警備
 写真は松区夏祭りのナイアガラ花火です。
 手前は第二分団車両と煙火警備をする団員です…別に並ばなくても、、(^^;

 松区は三谷まつりにおいて、宮元として祭に先立ち浜を清めて神を迎える準備の(お浜おろし)神の通る道筋の目印を示す(もり砂)神興の飾り付け、幟おこし、宮ごもり、を行います。
 また神幸祭に備えて(お鯛かざり)が支度されます。

 ※第2分団1班 三谷祭松区保存会


東 区

若宮丸
 写真は神船若宮丸。三谷まつりのラストを飾るのが、この若宮丸が東に向けてこれからダッシュしようとするところです。
 この東区が駆け抜けて行くと一切の鳴り物を禁止され、その後に松区の行列が帰っていきます。
 この一連の場面を「引き分け」と呼んでいます。

手筒花火
 写真は「笑うファイアーマン」事、菊池班長です。
 火を怖がらない度胸と図々しさ(笑)はピカ1。
 過去の第2分団史上最強? と言われています。
 見ようによっては、「まつり」「花火」をナメとる!と思われそうですね、、、菊池班長…
 実際の火災の時には絶対に歯を出さないで下さいね!
 今自分が出来る事を確実にやろう!

 ※第2分団1班 東区若宮会


上 区

黒ごま
 写真左は現副分団長か?
   青年衆は試楽祭(現在土曜日)の夜に各区の家庭(新婚)を訪れて愉快な祝詞を奏上し賑やかに祝います。

神代の舞
 天孫降臨の故事にちなみ次ぎの六神によって舞われます。
 天手力男命(アメノタジカラオノミコト)
 猿田彦命 (サルダヒコノミコト)
 月夜見命 (ツキヨミノミコト)
 天宇津女命(アメノウズメノミコト)
 足名推命 (アシナズチノミコト)
 須佐之男命(スサノオノミコト)

 ※第2分団2班 上区祭典保存会


西 区

ダッシュ
 西区青年団。
 三谷の数ある保存会組織でただ一つこの西区は「青年団」という組織を残しています。
 若い衆がたくさんいるだけあって、写真のように凄い気迫です。
 後方の「大のぼり」を自分達(マンパワー)で引き上げます。
 写真はこれから東の宮に出発するところです!

さし山車
 左の「音頭取り」は藤田機関員。
 平成9年度の市内放水競技大会で3番員として見事優勝!
 「音頭取り」を「さし山車(やま)」とも言い一度はやってみたい、憧れのポジション!
 操法でいえば、さしづめ指揮者といったところですね。
 西区の子は皆ハチマキの巻き方に、こだわりを見せていますねぇ。。。

 ※第2分団3班 西区青年団(保存会)


北 区

手筒
 北区夏祭り…手筒花火奉納。写真は竹内団員。
 平成10年度市内放水競技大会で2番員として、2位入賞。
 目標が優勝だっただけに内に秘めた悔しさは相当なものだったはず、、、この次は経験者として後輩に色々教えてくれるはず!
 それにしても蒲郡の中の三谷町という小さな町の、さらにその中の一つの嶋(部落)というか小さな地区(北区)で行われるこの煙火奉納は毎年約60本の手筒が上がります。
 その数は町内の各地区で行われる手筒の数では1番です。それだけの物を作るパワーがどこから来るのでしょうか? ・・・この人達ときたら。。。

北区山車
 北区三蓋傘山車が今から、海中渡御を行います。
 10月(中秋)の海。 結構暖かい時もありますが、寒い時は「どっひゃ〜〜っ」です。
 平成7年にこの山車で試し曳きをして、翌平成8年「三谷まつり300年祭」を機に毎年4台の山車が曳き入れられるようになりました。

 ※第2分団3班 北区七福神保存会


中 区

夏祭りヨーカン
 東区、北区、松区と一連の三谷町内の夏祭りの最後はここ中区の秋葉神社祭礼(煙火奉納)です。
 写真はヨーカンと呼ばれる片手サイズの手筒花火を一斉に出しているところです。
 見た目には一斉に出すので綺麗なんすけど、、、一度中に入ってみると、煙と匂いと降り注ぐ火の粉と鉄粉で、もう悲惨です(^^;
 消防団第2分団の一連の煙火警備はこれで終了です。

花火
 写真左は団員の小田君、右は水野君。
 一気に二人で花火を上げております。

 ※第2分団2班 中区若獅子会

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三谷祭りの秘密・御神事について

○土曜日 八剣神社

←神社例祭の式典
 試楽祭当日(土曜日)正午、神社庁より御幣使を迎え、八剣神社本殿前において式典が執り行われます。
 これは神社側の行事で参列者は各区区長、祭典執行委員、公職者です。分団長は公職者という事で仮面も参加してきました。写真は祝詞をあげているところです、みんなが頭を垂れていたので (((((((^^;)コソコソって感じで写してきました。この後、玉串奉奠をしてきました(二礼二拍手一礼)
 式典全体を通じシーンと静まりかえった厳かな雰囲気の中で行われていました。今までの祭では経験した事の無い重い空気を感じました(大汗)
うらやすの舞→
 雅楽をBGMに巫女さんが舞っています(うらやすの舞) 写真は扇を持っての舞で、この他に鈴を持った舞がありました。
 試楽祭(土曜日)の式典は順に、お供え、祝詞、舞、玉串奉奠、祝詞でだいたい1時間ぐらいかかりました。 

○日曜日 若宮神社

←鯛
 お祭りの翌日から三谷の浜にあがった鯛の中から、順次大きいものを4尾選び出して塩漬けとし、後にこれより大きいものが獲れた時は、前のものと入れ替えて祭礼前日までに一番大きいものを4尾魚河岸より宮元松区の年行事を通じて献納したそうです。
 魚河岸より一旦西の郡の殿様に差し上げ、改めて殿様より献上されたこともあったという説もあるそうです。現在は毎年三谷魚仲買組合が鯛の献魚をしています。

 写真は大変見難いですが塩漬けで白くなった鯛の尻尾がチョロッと見えます。味は塩を食ってるみたいで(汗)食べた後、すぐに酒が欲しくなります(苦笑)

神酒和合の儀→
 神幸祭(日曜日)の朝、八剣神前に供えられた鯛と清酒1樽及び御典杯用具は神幸行列に加わり若宮神社に至る。
 清酒は若宮神社に支度された白酒と混ぜ合わせられる(神酒和合の儀、御典杯)
       
<飲んだ感想>
 意味は解らないけど、みんなポンッと1回拍手してから杯を受取り飲んでいました。仮面もそれを真似して口に含みました。もう少しクセがあるかな?と思いましたが、意外に飲みやすく感じました。匂いもそれほど強烈ではなく、おり酒(にごり酒)といった感じで、舌の上で少しサラサラとおり(粒状ではない)が転がる感じでした。
 ちなみに、おかわりはできませんでした(;^_^A アセアセ

写真中央のデッカイマスクをしてる人は前分団長二村クンです。

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